著者の生まれ育った高千穂の風土を描ききった一冊だ。高千穂というと宮崎県の、延岡から東に5-60km、熊本県の阿蘇山との間の県境の険しい山合いの町で、天孫降臨の神話の舞台となった地でもある。だが著者の描く高千穂の時空は雄大だ。かつては九州の山岳地帯一帯の総称が高千穂であり、大和朝廷によって征服された鬼の末裔が高千穂の人々だという。だが鬼とされ、征服されてもなお高千穂の人々は尊皇の志を曲げなかった。それゆえに江戸時代、延岡藩の過酷な徴税によって度々一揆、逃散が起きている。滅多に米を食べることもできず、辛く苦しい、深い山と谷に隔てられた暮らしの中で継がれてきた神楽、唄の数々。今でこそ道路が整備され、谷には橋が架けられ、観光の町にもなったが、そんな開発の中で著者の祖母が呆けた。祖母は高千穂はどこだと問う。祖母の記憶にある、歴史と神話の中の高千穂に著者は行こうとする。血を吐きながら歌おうとする刈干切り唄の名人。木から木へ飛び移って中学に通った山頂の家の中学生。谷の底は霧が出る。山の上のこそが暮らしの場だった。粟や稗、猿や猪を食べて生き抜いてきた末裔たちが、今もなお大真面目な顔で神話の鬼と神々の争いについて語っている。谷底に流れる水の音、神楽の音色や歌、茅やススキを刈る時の刈干切り唄、男女の睦みあう声…様々な音や息遣いが聞こえてくるような、まさに高千穂の風土記だ。
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