司馬遼太郎の初期の短編を集めた作品集。1960年に、前年に発表した『梟の城』で直木賞を受賞し、1962年から国民的ベストセラー『竜馬がゆく』『燃えよ剣』などを次々に発表していく、ちょうどその間くらいに書かれた作品だ。有名な武将はあくまでも脇役で、主人公は浪人や剣術指南、そして戦国の時代を生き抜いた女たちだ。長編作品と違い短編なので、余談がほとんどない。またテンポよく話が進み、うまく落ちがつく。そして男女の営みが鮮やかに描かれる。大長編の『坂の上の雲』や『菜の花の沖』は国家の趨勢やロシア側の事情が細やかに書かれているものの、これだけを読んでは司馬作品の醍醐味の一つを味わえないと思う。これらの短編を読むと司馬がいかに上手く女を描いているか、わかるのではないだろうか。
表題作の「一夜官女」は播州姫路の医家に嫁に行ったものの、公然と妾を作る夫に嫌気がさして紀州・橋本の実家に戻った武家の女が主人公だ。途中、摂津の野里という鄙びた村で一泊するところから始まる。宿に入る前、女は牢人と目があう。宿に入ると、裏口から逃げていくその牢人と言葉を交わす。牢人のことを思っているうち、今度は村の旦那たちから住吉明神の祭りのため、一夜の贄となって欲しいと頼まれる。快諾した女は、社殿の裏に一夜篭るのだが、そこには目が合った牢人がいた…。そして数年が経ち、医家と縁が切れた女は戦の気配が近づく大阪城でその牢人と再会する、といったあらすじだ。一夜官女は、野里の神社で今も続くお祭りになっている。
「雨おんな」は、関ヶ原の合戦当日、付近の村に一泊した歩き巫女が主人公だ。巫女は東西両軍の男に抱かれてしまい、その合戦後、勝った東軍の武士のところに行く。そこで負けた側の武士とも再会し…というあらすじ。
女は遊べ物語は若き頃の信長の部下で、浪費家の妻に追いやられて何度も戦に出て行く侍が主人公だ。禄をねだり、ついには秀吉の部下となり奮戦するが…。
どの短編も男の生き様と女の感情、戦国時代の暮らしぶりが見てきたように描かれており、いい余韻を残して終わる。今読んでも面白い。