1985年生まれの作者・山本さほさんと、彼女の親友・岡崎さんの小学生時代から現在に至るまでが綴られた自伝的マンガ。当時リアルタイムで流行ったゲームやおもちゃ、ニュースなどがそのままマンガに反映されていて、同年代の人たちに突き刺さりまくっている作品です。少し上の世代の人たちにとっては、『ちびまる子ちゃん』がそれにあたるのでしょうね。ただ、この作品が『ちびまる子ちゃん』とちがうのは、ずっと小学生時代のことを描いているのではなく、登場人物が年齢を重ねていくところにあります。
『岡崎に捧ぐ』の1巻が発売された当初、僕は当時担当していた雑誌にこんな書評を書きました。
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●親友「岡崎さん」へのラブレター
現在29歳の漫画家・山本さほ。彼女と、親友「岡崎さん」との小学生時代の思い出が本作には綴られている。「あの店にたまごっちが入荷する」という噂を耳にすれば、淡い期待をパンパンに胸膨らませ早朝から並んでみたり、スーファミに熱狂し、もはや育児放棄状態の岡崎さんの家に入り浸り夜通しゲームしたり、同じ時代を生きた世代にとって、共感せずにはいられないエピソードばかり列挙されている。たまごっちのために早朝から一緒に並んだのは「岡崎さん」、早朝まで一緒にスーファミをしていたのも「岡崎さん」。「岡崎さん」への愛が本作には溢れている。本作は岡崎さんに捧ぐラブレターだ。作者は、岡崎さんを愛していた。岡崎さんも同様に、作者を愛していた。それは帯に書かれている、「私きっと、山本さんの人生の脇役として生まれてきたんだと思う」という岡崎さんの一言がすべてを表している。この作品の根幹は愛だ。特筆すべきは、女子特有の陰湿な世界が、本作には一切出てこないところだ。派閥などとは無縁の、清々しいまでの小学生の友情物語。そして作者の愛は惜しみなく漫画にも注がれ、誰一人傷つけない笑いに昇華され、本作を名作たらしめている。岡崎さんは最初、暗くて近寄りがたい人物だった。それがどんどん開かれていき、友情が芽生えていく過程が素晴らしい。作者は太陽のような人物だ。周りを明るく照らし、どんな人でも笑顔にさせる。作者にとって岡崎さんは月だ。常に作者のそばにいて、優しく太陽の光を受け止めている。そんな2人の相愛世界を、誰しも楽しめる漫画に落としこむ作者のセンスに脱帽。ネットで一千万人が読んだ、話題作たる由縁がそこにあった。
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1巻は、世界が輝きに満ちた漫画でした。しかし巻を重ねるごとに、山本さんも、彼女を取り巻く世界も「大人」になっていきます。
小学生のときには悪ふざけし放題でみんなの人気者だった山本さんが、高校にあがると浮くようになり、社会人になるとお局に睨まれないように黙々と仕事をこなす毎日。子供の頃のように楽しく過ごしたいだけなのに「大人になる」ことを強要する社会に飲まれ、山本さんの個性が輝きを失っていく様はどうしようもなくやるせない気持ちになります。
そんな彼女の漫画がどうしようもなく心を打つのは、大人の誰もが抱えているやるせなさを思い起こさせてくれるからです。
誰よりも足が速くてサッカー部のエースだったあいつはブラック企業で心を病みました。
可愛くて憧れだったあの子はmixiが炎上し内定取り消し、今では誰も彼女のその後を知りません。
それを知った時にはひどくさみしい気持ちになったものです。
しかしもっとさみしいのは、それを「さみしい」と思ったことすら忘れてしまうことです。
そして僕たちは毎日の仕事に忙殺され、憧れだったあの子の名前も顔も、「さみしい」と思ったことさえも忘れてしまうのです。
誰だって仲のよかった友達とはどうしたって疎遠になっていまうし、住んでいた土地も変わってしまいます。学校には立ち入ることすらできない世の中になりました。
僕がいなくても地元の友達は気に留めることなく日常を過ごしています。
僕の世界に地元の友達がいなくなっても、僕の世界は回っていきます。
でもそれは、どうしようもなく寂しいことだと思うのです。
そんな大人たちが年を取るにつれて抱えすぎてしまったやるせなさの大きな大きな塊を、このマンガは優しく包み込んで浄化させてくれる、そんな女神のような存在だと僕は思うのです。
もしこの漫画を地元の友人が読んだら、4年ぶりに連絡をくれた岡崎さんのように、僕に連絡をくれるかもしれません。
僕もなにか大切なことを忘れてしまったら、この漫画を手に取ればそれがなんだったのか思い出せることでしょう。
幼馴染の少女2人の物語が、日本中の大人たちを救う。こう書くとゲームのストーリーとしか思えないのですが、事実なんですからすごいですよね。
1巻の書評で「山本さんは太陽、岡崎さんは月」と書きました。
これは「岡崎さんにとって山本さんは太陽のような存在で、山本さんにとって岡崎さんは月のような存在」という比喩表現でした。
ですがこの全5巻を経て、2人は「日本中を太陽と月のように照らす山本さんと岡崎さん」になったのだと強く思います。