2020年の全米図書賞の翻訳文学部門を受賞した作品。どんな内容かと思ったら、想像以上にしんどいというか、考えさせられる作品だった。主人公は上野の公園で暮らすホームレス。柳美里は、彼を平成天皇と同じ年、1933年に福島に生まれさせ、東京オリンピックの前年に上京させる生い立ちにした。仕事は出稼ぎの、オリンピック関連施設などの土建業だ。高度経済成長期からバブル崩壊後まで、ひたすら出稼ぎで働き、原発が作られた故郷に仕送りし続けてきた。天皇家の慶事とリンクして男の家庭環境にも変化が訪れる。そして一度は故郷に帰った男は、再び常磐線に乗って故郷を飛び出し、21世紀になったいま、上野公園で暮らしている。上野公園が「恩賜」つまり天皇から下賜されたのは、関東大震災がきっかけだったと博識のホームレス仲間がいう。現在の上野公園を通り過ぎる人たちの服装、会話、ほかのホームレスたちの描写と男の過去が描かれていき、男は公園を追い出される。皇室の行幸啓のため、山狩りという名の特別清掃が行われ、わずかな家財道具もろとも上野公園を追い出されてしまうのだ。
柳美里は2006年、東日本大震災と2度目の東京オリンピックの招致決定と、天皇の退位の前からこの小説のための取材を始めたというが、はからずもこの小説はさらにその後の、新型コロナによって引き起こされた更なる社会の分断をも描いていると感じた。2022年春、上野公園を歩いてみた。主人公たちが暮らしていた小さな山や不忍池のあたりまで行ってみても、どこにもホームレスはいなかった。どこに行ってしまったんだろうか。柳美里が取材をはじめてから15年以上たち、ホームレスはどこに行ってしまったんだろうか。
東北の、故郷から出て働き、原発事故で帰るべき故郷を失ってしまった男と日本国の象徴が交差する、まさに上野駅公園口を描いた作品だった。
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2022/06/07