表題作など3作の中編を収録した小説。表題作の「葛橋」は妻の突然の事故死のショックから立ち直れない男が、故郷の高知に帰ってきて、葛の吊り橋を渡り、似たような境遇の女のもとに通い…という話。葛で編んだ橋は黄泉の国に繋がっているのか、それとも男は死んだ妻に会いたくて、橋から転落してしまったのか…。民俗や神話がうまくホラーに仕上がっている。「一本樒」は奈良で暮らす夫婦のもとに、妻とは正反対の性格の、独占欲の強い妹がやってくるというあらすじ。その妹を追ったやくざ者の彼氏もやってきて、その男を追い返すうちに、いつしか夫が妹と密通していた。そのことを知った妻は…。夫婦の家を見下ろす丘に樒が生えていて、その樹木としての特徴や人間との関わりがとてもうまくテーマに使われている。樒は葬式に利用される樹木だとなんとなく知っていたが、まさか…。「恵比須」は、高知県の太平洋岸の小さな漁村が舞台になっている。ある日突然サラリーマンを辞めて実家の漁師を継ぐといった夫のために毎朝2時に起き、2人の子供や夫の両親の世話、時給600円の食堂のバイトなどで慌ただしく過ごす主婦が、海岸で鯨のフンを拾ったことから物語が始まる。白いブヨブヨとした塊はクジラの腸にできる結石で、龍涎香という香料にも使われるというのだ。娘が通う学校の教師から数千万円になることもあると告げられた主婦は舞い上がり、骨董品店に持ち込もうとするが…。
いずれも連れ添った夫婦の間に起きる愛憎と地域の習俗を題材にしている。ちゃんと(?)登場人物も亡くなり、古来の神仏が巧みに現代の夫婦と混ざり合い、死を予感させる独特の世界観がしっかりと出ている。
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2021/07/30