/
2021/03/17
冒険小説、探偵小説を得意とする西村健が、東日本最大のドヤ街、山谷を舞台に描いた作品。ドヤ街、山谷とは日雇い労働者の街で、ホームレスも多い。その中で1人のホームレスが惨殺されてしまい、ハローワークの山谷出張所所長が殺された人の身元や犯人を割り出していくといったあらすじだ。
主人公である職業安定所の所長の家族との関係や、行動を起こしていく心理描写などが冗長だったり、少し不自然なところも多い。実際にネット上のレビューを読んでみたらその辺りへの酷評も多かった。だが、だからこそ、作者が小説という形を通して、社会の底辺に押しやられた人々の存在や憤りを何とかして伝えたかったのではないかとも思えてくる。大著「地の底のヤマ」などで舞台とした九州のかつての産炭地とは違い、現在進行形で起きている出来事のあまりの重さをなんとかして伝えようとしたがゆえに、小説のエンターテイメント性が犠牲になってしまったのかもしれないと。
著者は大学卒業後、労働省に入ったというキャリアを持つ。おそらく山谷も訪れたことがあるはずだ。それから30年、ずっとこの街とこの街の労働者のことが気になっていたのだろう。だからこそ、筆致はハードボイルドに徹しきれず、労働者へ過剰な思い入れがある主人公像ができてしまったのかもしれない。
最果ての街は山谷だけではない。国策によって生み出されているし、それを忘れてはならないと感じた。「節目」に読めてよかった。
アドセンス336×280レクタングル(大)
関連記事
A・LI・CE [アリス] HIROSUKE KIZAKI MEMORIAL EDITION 木崎ひろすけ
前回に引き続き木崎ひろすけ作品を読んでいます。
めちゃくちゃ面白いなあ。でも未完なんだよなあ。絶対に続きを読むことができないんだよなあ
面白すぎて苦しい
こんなに面白いのに未完が確定している …続きを見る
Distance わたしの#stayhome日記 今日マチ子
コロナ禍になってから、今日マチ子さんがTwitterで発表しつづけてきたイラスト日記を書籍化したもの。
創作は救いだ。誰にも会えずどこにも行けず心が蝕まれていく。創作活動は自分との向き合いだ。自分に …続きを見る
エイサクノート: 窪之内英策の絵の仕事 窪之内英策
一年の延期を経てようやく発売されました、窪ノ内英策さんの絵の仕事集です。画集みたいなサイズですけど、中身は雑誌『イラストノート』での窪ノ内英策特集をベースにボリュームアップしたものです。
「鉛筆の下 …続きを見る
古文書返却の旅――戦後史学史の一齣 網野善彦
著者は日本中世史の学者・網野善彦。といっても、日本史学の本流である政治史ではなく、中世から近世にかけての漁民や流通に従事した名もなき人々や、寺社の清掃や牛馬を扱う人々などを研究していた、言ってみれば異 …続きを見る
世界のシティ・ガイド CITIX60シリーズ アムステルダム 和田侑子
アムステルダムに住むクリエイターやアーティストたちが、アムステルダムの観光名所やレストラン、お店、ナイトスポットなどを現地に住む人ならではの視点で教えてくれる観光ガイド本。
POPEYEの街ガイドの …続きを見る
韃靼疾風録〈上〉〈下〉 司馬遼太郎
司馬遼太郎の作品は小説に限っても多くあるが、そのほとんどが1960年から1980年代の、わずか20数年に書かれている。その最後の小説が『韃靼疾風録』だ。以降、司馬は小説は書かなくなり、随筆か紀行文のみ …続きを見る
影との戦い ゲド戦記 アーシュラ・K.ル=グウィン, 清水真砂子
読んだ第一印象としては「ハリポタみたいだなあ」でした
もちろんこっちのほうが古いんだけどね
『ゲド戦記』といえば日本ではジブリの映画が有名で、その映画がつまらないことも有名で、それと同時に語られる …続きを見る
HERE ヒア リチャード・マグワイア
『バーナード嬢曰く。』という読書マンガがありまして。作者がSF読みだからSFの本ばかり紹介されるんですけど、このリチャード・マグワイアの『HERE』は絵本みたいで読みやすい、とのことだったので挑戦して …続きを見る