夏目漱石、もちろん教科書で作品の一部を読んだことがありますが、ちゃんと一冊通して読んだことはありませんでした。
教科書で読んだのは『こころ』と『坊っちゃん』だったように記憶しています。
読む前は、Kが自殺する、ということだけ知っていました。
『我輩は猫である』もまだ読んでいませんが、最期に猫は溺れ死んでしまうことも知っています。
文学史的「犯人はヤス」みたいなものでしょうか。
大正時代に書かれた明治時代の話。
ひとりの女性を巡って主人公がKを出し抜いて結婚する。
Kはそれを苦に自殺してしまう。
自分の現在の状態と重なる点が多くぶっ刺さってしまった。
自分の状態なんかを本の感想に乗せるのはこちらの都合すぎるのであまりしたくないんですけど、『こころ』の素晴らしさなんてあらゆる世代の文豪が綴っているのでいいでしょう。
あまりに上っ面な感想ですが、他人を出し抜いて得た幸せでは本当の幸せは得られないんだなと思いました。
この令和5年、他人を出し抜くことをエンタメ化しているコンテンツが多い気がする。
少し前だとテラスハウス、いまだとYouTubeで話題の格闘系コンテンツ、過去には無人島に20人くらいの男女を集めて最後のひとりに残ると賞金が得られる番組なんかもあった気がする。
そして自殺も大衆化したな、と思った。
昔って自殺は一大事件だったと思う。
とくに学生がいじめを苦に自殺でもしたなら、2週間くらいはワイドショーで取り扱っていたように思う。
近年でも旭川のような凄惨なものはそれなりに大きく取り上げられるが、昔は学生の自殺なんて母数がほとんどなく、学生の自殺イコールトップニュースくらいの勢いだった。
いまよりも昭和のほうが人の命って安かったけどね。
ちょうどいま『令和vs昭和』みたいな番組が増えているけど昭和とんでもねえじゃん。
ミスったら死ぬような遊具とかバンバン出てくる。
部活動とかも死人が出そうなくらいスパルタ。
でも今は命の価値が上がって、命を最優先する世の中になったのに、自殺する人がものすごく増えている。
ここ数日、多くのミュージシャンが亡くなっている。
そのニュースを見かけた瞬間はショックを受けるものの、数日経つと忘れている自分がいる。
ごく身近な人が亡くなっても「しょうがなかったんだな…」みたいな感じで片付けてしまっている。
でもそれって異常だよなあ。
なんか、命の大切さみたいなごく当たり前のことを学ばせていただきました。