絵本作家と知られるかこさとしが、晩年に手がけた万里の長城を主題に、中国の歴史を絵本に仕上げた。1960年代から絵本作家として知られるかこさとしだが、実に多才で精力的で、この作品は2011年、著者が85歳になってから世に出た。
絵本だが、60ページを超える大著と言ってもよく、中華文明の通史になっていて、全編にこの東アジアの大陸で生きてきた人たちへの愛に満ちている。挿絵はかこさとしの他に、万里の長城沿い、シルクロードで繁栄を極めた敦煌出身の常嘉煌が手がけている。常は敦煌石窟の保護に生涯をかけた常書鴻と画家・李承仙の間に生まれ、日本でも絵画を学んだ、まさに本書にうってつけの人物だ。
スケールが大きく、まず地球や生命の誕生からはじまる。アフリカ大陸に現れた人類の祖先が黄河、長江流域にたどり着き、青銅器の文明がはじまる。儒家や法家の思想、紙や羅針盤などの科学技術の開発、農耕民族と遊牧民族の対立と融合、仏教など諸宗教の流入、運河や交易の発展、王朝の盛衰などほぼ全ての歴史が日本の侵略と敗北、その後の共産党による再統一まで描かれる。ほぼ全てと言ったのは、例えば牧畜と遊牧の違いが描かれていないことだ。家畜を飼い慣らす牧畜に比べ、遊牧はずっと新しく、農耕よりも後からはじまった。元王朝の夏の都、冬の都などはまさに遊牧民ならではの発想で、その遊牧こそが農耕と決定的な対立をもたらしたといえる。牧畜と農耕は共存可能だが(事実、いまも両立している農家は日本にも多い)、遊牧の場合、牧地を移動してみると、その土地に農民が住み着き、草地が耕されてしまうことがある。そうすると遊牧民は農耕民への略奪者たらざるを得ない。とはいえ、このような些細なことは本書の欠点にはならないだろう。高校入試までカバーできる内容になっているし、絵本としても様々な時代の長城が美しく描かれ、それぞれの時代によって役割が変遷し、それでもなお人々が万里の長城を愛し、この文明の誇りとしていることを描いている。
子供だけでなく大人も読みたい絵本だ。
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2022/09/22