現役女子高生作家という肩書で華々しくデビューするも、以降8年もの間、商業誌連載から遠ざかっていた漫画家・白井もも吉。
8年の時を経てカムバック作となった『偽物協会』は白井もも吉の進化が存分に宿った総力作だった。
2023年1月に最終3巻が発売されたあともジワジワと人気を伸ばし、多くの人が『偽物協会』を2023年ベスト作品のひとつに名前を挙げている。
そんな白井もも吉に、『偽物協会』が始まるまでの8年間や『偽物協会』の秘話を語ってもらった。
さらには「お前を救済するからな! 絶対に救済するからな!」という発言まで飛び出した全身全霊のインタビュー、ぜひご覧ください。
文・インタビュー/高橋数菜
――インタビューさせていただくにあたって、じっくり『偽物協会』を読んだんですよ。読めば読むほどにすごい作品だなと思ったんですけど、その前に『みつあみこ』が終わってから『偽物協会』が始まる前にどんなことをされていたのかというのを聞きたくて。
「この間は、8年ぐらいあるんですよね。高校卒業したてぐらいに『みつあみこ』が出て、そこから大学4年間通って。1、2年の頃はほんとうに漫画がふるわなくて、ぜんぜん描けなくて。大学卒業する前ぐらいからちょっとずつ描けるようになって、卒業してから読み切りとかをたまに書いて、食えるほどではまったくなくて、年に1本描くか描かないかぐらい。賞にいっぱい出したり持ち込みしたりして、でもうまくいかなくて。それで、もう4年ぐらいコミティアに出て、自分の描くものを模索してるうちにいまの編集さんを紹介してもらって、そこでやっとうまくいって、みたいな感じです」
――大学に行ってというのは、漫画家以外にもなりたい職業があったんですか。
「いや、なくて。単純に自分は大学に行かなくてよかったんですけど、親が大学に行ってほしいみたいな感じで、うわ~ってなって。でも、写真の勉強をしてみたかったので写真専攻に単純に勉強のために行きました」
――美大の写真専攻ですか。
「そうです、美大の。でも全然受験とかなにもやってない。作文書いて、撮った写真を見せて、『漫画描いてました』ってマガジン持っていっただけです」
――筆記とか、いわゆる勉強のテストとかなかったんですか。
「AO入試だったので、自己推薦」
――天才ですね。
「いやいや、あれはね、変じゃなければ受かったと思う。だって、大体あそこにいたひと受かってたもん」
――大学から東京ですか。
「大学受かって上京して、って感じです。出版社が東京にあるんで上京したくて。まわりの同い年で同じ雑誌だった友達とかも、まだ連載とかなくても大学とか入らずにアシスタントの職を見つけて上京したりしてたんで。なんで、わたしも上京したくて」
――今日ツイートされてたんですけど、大学卒業して就職したって書いてたじゃないですか。どういうところに就職したんですか。
「めっちゃざっくりいうと、スポーツジムです。おばさんとかおばあさんが通うようなスポーツクラブに中途採用。就活がやりたくなさすぎてできなくて。中途採用で受かったと思ったら、仕事できなさすぎて入って1週間ぐらいで『まずはバイトから』ってなっちゃって。デキが悪すぎて、ちょっとシフト減らしていい? ってそこから徐々にクビになるみたいな感じでした」
――ジムを選んだっていうのは、漫画を描く時間を取れそうだからみたいなところもあったんですか。
「ぜんぜん違くて、そのときまわりで同じ雑誌で描いている漫画家の友達とかが、すごい体調不良とかになってて。それで『健康って大事だな』って思って、ジムで働いたら重要な健康を守れると思って」
――健康になれました?
「健康になったと思います。ジムに勤める前よりは健康になった。昼休みに筋トレしなきゃいけないんですよ」
――わあ、大変……。『偽物協会』の話に入っていきたいんですけど、連載の準備ってどういうことをされたんですか。
「企画を考えて、『これいいね、これでつくってみましょう』ってなって、『偽物協会』ってコンセプト決まって、そこから第1話を完成させるのがめっちゃ大変で。1話を完成形にするまでに半年かかって、そこから数ヶ月で第2話つくって、会議に出して、通って連載、みたいな感じでした」
――1話を完成させるまでにはどういう流れがあったんですか。
「自分が続ける物語を考えるのが得意じゃなくて、一回一回終わらせがちなんですけど、そのときに最初に持っていったものが『こんなのやったらいいんじゃないかな』っていう、連載ってこんな感じかな、続く物語ってこんな感じかな、ふわ、みたいなものだったから、やっぱり『それは違う』ってなるじゃないですか。それで、ほんとうに好きなものを描いてきてくださいって編集さんが言ってくださって、『本当に好きなのってなんだ』って考えて、自分ってポケモンとかUNDERTALEが好きだなと思って。ほんとうに好きなのって、ひとじゃないものが一生懸命がんばっている姿だなと思って。それで人じゃないもの、偽物みたいな感じになって、偽物協会っていうのがあって、偽物がわちゃわちゃしてるところに女の子が巻き込まれていって、みたいな話を思いつきました」
――だいぶ前に僕、『偽物協会』の主人公の綿子ともも吉さんって似てるんですかって聞いたんですね。似てるなって単純に思ったんですよ。でも、話を聞いた感じだと、好きなものを描いたから似せたわけではないのかなって。
「でも綿子の名前って、ワタシから取って綿子にしてるんで、自分と遠ざけようとしてないキャラクターで。自分に近い性質をキャラクターとして描いているから似てると思います」
――というか、似てるというよりも同一人物ぐらいに思ってたんですよ。
「それで間違いないと思います。ぜんぜん遠ざけようとしてないから」
――もも吉さんの叫びとか生きづらさとかって漫画にしようとしたら、コミックエッセイになりがちじゃないですか。でも、もも吉さんの場合はファンタジーの世界になっているのがすごいなと思って。
「ありがとうございます」
――大島弓子さんが好きっておっしゃるじゃないですか。
「好きです」
――こないだ『綿の国星』の映画を見たんですよ。
「あれ、かわいいですよね」
――あれを見て、「もも吉の世界だ」と思ったんですよ。
「『偽物協会』を描き始める頃には、めちゃ『大島弓子ってすげえ』ってなってて。マネしようと思って。マネしたろマネしたろで描いてるんで、正しいです」
――コミックエッセイにするっていう手もあったと思うんですね。でも、こういった形を選んだのは理由があるんですか。
「単純に自分がコミックエッセイで出てきた漫画家じゃなかったからっていうのがでかくて。ギャグ漫画で出てきて。わたしのギャグ漫画って話とかないんで、物語をつくれるようになろうって思って、そうしなきゃ駄目だと思って描いてたからそうなりました」
――コミックエッセイで白井もも吉が主人公だったら、いろんな人が自分の思いを乗せることができなかったと思うんですね。
「うれしいです」
――女子大学生だからこそ、いろんな読者がこの作品に共感して、いろんな人にとってのかけがえのない作品になったんだろうなって。
「自分が思ってることが伝わってて嬉しいというか、自分はめっちゃ個人的なことを描いたほうが共感になるかなって勝手に思ってるんで、うれしいです」
――この作品って、主人公だけじゃなくて会長とかサボまくんとか、いろんなキャラクターが自分のなにかしらの弱さを持っているじゃないですか。しかも、もも吉さんの作品って、どの作品もモノローグがめっちゃ多いと思うんです。
「そうなんですよね、ほんとやめたくて」
――でも、ほかの作品って主人公だけのモノローグだと思うんですよ。『偽物協会』はサボまくんとか会長のモノローグもあって、それってサボまくんとか会長の中に入り込まないと描けないものだと思うんですね。そこがすごいなと思ったし、いろんなひとの痛みがわかる人なんだろうなと思ったんですよ。
「ありがとうございます。察し悪いですけどね。察し悪いからめっちゃ知りたくてみたいな感じだと思います」
――もうちょっと言うと、いろんな人の痛みを観察する力があると思っていて。それに加えて、自分が受けたいろんな種類の痛みをずっと覚えていられる人なんだろうなと思ったんですよ。
「確かにそうかもだし、昔ひとから『あなたは何年たっても悩みが変わってないね』って言われたことがあって、そういうのも関係してるかもしれません。恐ろしいことですが」
――悩んでそうなひとがいたら、「あ、わかる」って思ったりするんですか。
「めっちゃ自分とそっくりだったら『わかる』ってなるかもしれないけど、ひとって自分と違うから、それって聞いたことある悩みっぽいけど、でも違うかもしれんからちゃんと聞こうってなって、めっちゃ聞いたりしますね」
――pixivFANBOXかどこかに書いてあったと思うんですけど「踏み込む気がないのに簡単なアドバイスするヤツは死に値する」みたいなのがあって。
「重(笑)。でも、そうですね。そのひとが教えを乞うてたら別ですよ。『あなたのこと尊敬してます、なんとか先生』みたいな、『名刺ください』みたいなのだったらいいんですけど、そうじゃなくてするのはデスに値する場合があるんですね」
――あれ見たとき僕、うかつなアドバイスとかしてないだろうかと思って。
「ぜんぜん思わないです。読者のひとやフォロワーから言われたことでそう思ったことって一度もないし、たぶんこれからもないと思うから。だって、言われても『ウケる』ってなるもん。わたし、高校生ぐらいのときにもらったファンレターで、『お前はCLAMPのようになれ』みたいなこと言われたことあるんですけど、ウケるじゃないですか(笑)。だからいいんです。なに言われても大丈夫だし、気づいたらどんどんアドバイスしてほしいし、『自立支援医療を受けてはいかがでしょうか』みたいなアドバイスとか超助かったしどんどん言ってほしいんですけど。逆に友達とか、もっと近しい人とか家族とかになってくると、距離感的に妙な重みを持っちゃって、断っても受け入れても生じるんですよ、なにかが。だから、お互い残酷だなって思いましたね。断ったら相手に残酷だし、受け入れて苦しんだら自分に残酷だしみたいに感じます」
――いろんなキャラがいろんな悩みを持ってるじゃないですか。この悩みって自分の中にあったものを出したのか、それともサボテンだからとげがジャマなんだろうなとか、そういうところから膨らませていったんですか?
「サボまくんとかはサボテンだから、で出してるんですね。自分は人よりモノのほうが想像しやすいので」
――会長はどうですか。
「会長はつくるのが難しかったけど、綿子よりは。なんでしょうね。でもちょっと自分にもわかるようなものに寄せたかな。寄せちゃったかな。想定してたよりは優しい人間になった気がする。でも、会長ずっと謎にしてた、想像難しいから。男性キャラをガッツリ描くの初めてだったから、めっちゃ大変だった、本当に。どんな人間にして描くか。人間関係どうしていくかとか、難しかったです」
――でも、会長のこの部分(第10話)とかも、もしかしたらもも吉さんの体験なんじゃないかなって思ってて。面白いって、他のひとにいう面白いと自分にいわれる面白いは別だったんだ、っていうところとか。
「自分の価値観のなかに、ひとと共有できるところに価値があることから逃れられない、みたいな感じはあるので。『偽物協会』自体がひとなんて関係ないみたいな、個性最高ってなれないよなっていう、『なれないんだよ、なれないけどさ』みたいな、自分はそう思うから、そういうのがずっと続いてる話だと思うので。みんなそういう悩みが多い気がする。会長もそういう悩みになったと思います」
――この作品の中では、そういった悩みを抱えている人を偽物っていうくくりにしてますけど、人間誰しもなにかしらそういうのは持ってると思うんですね。でも、有名人とかのインタビューで一回も死にたいと思ったことがないとか、人生について悩んだことが一度もないっていう人がたまにいるじゃないですか。
「いるんだ、すごい」
――いるんですよ。だから、そういう人らのことをうらやましいなとも思うんですけど、僕はこの作品のことがわかる人間でよかったとも思います。
「ありがとうございます。でも、死にたいと一回も思ったことがないはないんですけど、生まれてこなければよかったってあまり思ったことがなくて。でも、生まれてこなければよかったって思ってる人いるじゃないですか。だから、自分はそういう意味ではそこはラッキーなんだなみたいなのは思う」
――でも、死ぬのって怖くないですか。
「怖い。死ぬの怖いですけど、苦しみが怖いけど、どうだろう。でも、あんま超明るい未来、思い描けないんですよね」
――もし生まれてこなかったら、死ぬ苦しみも味わずに。
「そういうことなんですか」
――そういうこともあると思います。
「でも、死ぬのが苦しかったり怖かったりするのが嫌だけど、死ぬの嫌だけど、でも生まれてきたのはよかったかも。だって、しんどいこともあるけど、人にいっぱい出会えて最高だし。もっと頭よければよかったなって思う。お勉強とかじゃなくて、もっと賢くていろんなことがピーンって理解できたらよかったなって思うけど、でもひとを少しずつ少しずつでも、遅いし勘もよくないけど、でもひとを知っていくのは楽しい、驚きがある」
――想像してたより健康的でよかったです。
「あはは、そうですか。あんまり生まれてこなければよかったってならないんですよね。なんだろう、自分、あんま計画的な子どもじゃなくて、予期せぬ感じでできた子どもだったんですけど、だから生まれる前は『どうしよう、どうしよう』みたいなのあったらしいけど、でもそんなの感じさせないぐらい、まわりとか全員優しくて、普通の家庭なんですけど、金持ちとかじゃないけど、めっちゃ優しくされて育ったなって思うから、だからかな。人間が多い環境で育ったんで、ひとがずっと好きだし。だからひととうまくいかないと病むし、自分キモ過ぎて病むけど、よく落ち込むけど、しんどいけど、でもひとが人生にいてくれたことは幸せだったと思いながら、たぶん自殺するときも自殺すると思います。ぜんぜん自殺する可能性あるけど、でも、そのときしんどいかもしれないけど、今の人生は本当にひとがいてくれてよかったです」
――なるほど。感謝の自殺みたいな。
「自殺するときは本当にもう、ここまでの人生幸せに、ひとがいてくれてよかったけど、ここからは無理だってなって死ぬと思います、普通に。将来性ないわ、みたいな」
――『偽物協会』のエンディングは、最初から想定されてたエンディングなんですか。
「途中から考えました」
――最初はなにも決まってなかったって感じですか。
「そうです。決まってなかったです」
――最高のエンディングだなっていうふうに思ったんですけど。本物になる可能性もあったんですか。
「本物になる可能性は、それやったらみんなが寂しいだろうなって思ったからあんまりなかったんですけど、でもなにかと別れる話ではありたいって思って。UNDERTALEとかが最後そうだから、なにかとお別れする、ちゃんと終わるっていうのが、すごい寂しいんだけど、でも心に残るなと思って。でも、UNDERTALEってみんなと一緒にいることも選べるエンディングだから、だからなにかと別れる、地下世界のごちゃごちゃした冒険とはお別れするけど、みんなと永久に別れるわけじゃなくて、みんなもいるけど、でもお別れだねっていう、そのバランスがいいなと思ったとか、あと『偽物協会』の大事な局面は、大島弓子さんの『バナナブレッドのプディング』を参考にして描きました。だから、『偽物協会』の最終話とかは、ほぼほぼ『バナナブレッドのプディング』の最後のほうへの自分的な問いかけの返しみたいな感じになってます、勝手に」
――このエンディングは、偽物の自分を肯定するエンディングじゃないですか。もも吉さん自身は自分の性質とかを許せるようにはなったんですか、このエンディングを描いたことによって。
「許せないけど、でもわたし、漫画を描いてるとき読者と個人的に話をしているつもりで。だから、みんなじゃなくて、いまこれを目の前で読んでるひとりに、わたしが脳内に直接語りかけていますみたいな感じなんですけど、それでわたしが目の前の自分が偽物かもなと思ってるひとに、わたしも自分を許せてないけど、でもあなたをわたしは大丈夫にしたい、っていうことを伝えたかったですね。だから編集さんから、絶対にあんまり入れないでねって言われたんですけど、どうしても自殺とかを入れたくて。やっぱりいろいろあったりとか、いろいろ世界的なこともあって、自殺とかの表現がめちゃめちゃ厳しいんで。でも、自殺ってすごい身近じゃないですか。みんな考えてることなのになんで描いちゃダメなんだよって。R18っていうか、18禁を描いちゃいけないのはわかるけど、自殺なんて中学生、下手したら小学生とかも少年少女みんなだって考えちゃうことなのに、描かなかったらひとりぼっちじゃんみんな、ってなって。ひとりぼっちにしたくないなと思って、ひとりぼっちにしないように最終話をつくったと思います」
――どうやって自殺を通したんですか。
「それは表現をマイルドにして。ちょっと問題かもしれないんですけど、これも途中から思いついたことなんですけど、綿子が首に着けてるリボンは昔ちょっと自殺を考えたなごりみたいな感じにして、それが結構リアルというか、自分にとって。楽しいこととかあって、救われることとかあっても、自分のことが嫌で自殺とかが完全に消えることはなくて、ずっと首元にあるみたいな感じがリアルだと思うし、読んでる人もそういう人はいると思うし。というのを、そうは思わないわっていうひとが読んだらそんなに引っ掛からないけど、そう思ってるひとが読んだらわかるぐらいのふわっとした感じで描いたから通ったって感じで」
――最終話を描かれるときぐらいにツイートで、「あがいたけど駄目でした」って書かれてたじゃないですか。それはなにをあがいてたんですか。
「時間かけていい原稿をと思ったけどクオリティー変わってなくね? みたいな」
――でも、最高のエンディングだと思います。
「いやあ、ありがとうございます」
――これ以上のエンディングってなにがあるんだろうって。
「どうなんですかね、自分は絵とか大丈夫かなみたいなのが頭をよぎっちゃって、『ぜんぜんだ』みたいな。これって意図した白なのかなみたいな。っていうのがありながら。本当に時間がなかったってわけじゃないけど、画面とかもこだわれてねえみたいな」
――毛布みたいな漫画できました、みたいなキャッチコピーは、もも吉さんのなかから出てきたキャッチなんですか。
「いや、これは編集さんが考えました」
――もも吉さん自身はどう思います?
「ぜんぜん思ってない。そういうふうに表現するんだなみたいな」
――もも吉さんがリツイートされてた、ゲロを包んだキャンディーみたいな漫画。
「そうそう、あれおもろすぎる(笑)」
――あれ、すげえなと。
「あれ、すげえ。あれ考えた読者すげえ。『ゲロを包んだキャンディーみたいな漫画ご用意しました』だったらめっちゃ(笑)通ったのかな、そのキャッチ。でも、それでもいい、別に自分は」
――この漫画は優しい気持ちにさせたいのか、それとも脳みそを撃ち抜いてやるよみたいなのか、どっちの要素が多いですか。
「でも、基本的には『偽物協会』は優しい話にしようっていう。ちょっと守りの気持ちもあるけど、だし、反省しようと思いつつも、かりそめの優しさって絶対ばれるから、お前の脳みその奥まで介入してやるみたいな感じですね」
――なるほど、おもしろ。
「本気でお前の脳みそに介入してやるからな! みたいな感じです」
――もも吉さんが考えたのかな、どうかなって。ただの毛布にしても、なにかしらの思いが込められた毛布だよなと思ってて。
「それはうれしいですね。読者のひとが優しい漫画って思ってくれるのは、ポジティブに思ってくれるのはうれしいんですけど、でも『俺はただ優しい漫画にするつもりはねえからな』みたいな。『優しくてちょっと癒されて終わりとか、そんなんで甘んじるつもりはないからな。お前を救済するからな』みたいな感じで描いてます。絶対に救済するからな」
――かっこいい。大森靖子みたいですね。
「(笑)どうなんですかね」
――でも、この主人公って毛布で、苗字が包むじゃないですか。同人誌のタイトルも『タオルケット』で、もも吉さんのなかで、包むっていうのが救いのイメージなのかなと思ったんですよ。
「毛布はなんとなく毛布にしただけで、あんまり意味はなかったし、『タオルケット』ってタイトルはデザインに関わってくれた人が考えたんですよ」
――もも吉さんにとって、救いのイメージってあるんですか。
「救い。救いのイメージ……。『でも好きだよ』に凝縮されてるんですね。『でも好きだよ』は、自分が実際に掛けられた言葉で、すごく印象に残った言葉だったので、これを読者のひとにも味わってほしいなと思って、わたしから描きました」
――ほんとすごくいい言葉ですよね。体温がある言葉ですよね。
「ほんとにそれを言ったひと、天才だと思います。天才だ。救いのイメージ。自分はやっぱ、自分で勝手に救われることはあんま少なくて、ひとの存在とかひとがつくったものとか、そういうところからハッとするようなことがあって救われたりとかあるんで」
――「でも好きだよ」を言われた瞬間っていうのは、落ちてた時期だったんですか。
「そのときその瞬間に頭がちょっとおかしくて、それは調子的に、いまにも自分が気が狂いそうな気がするっていう妄想にその瞬間取りつかれてて、『どうしよう、どうしよう、やばい、やばい』みたいな、『狂ってるかも、わたし』みたいな、『狂っちゃうかも、いまから』みたいになって。時々あるんですよ。『どうしよう、どうしよう』みたいになってるときに、そのとき一緒にいたひとに『でも好きだよ』って言われて、それすごい安心して。ああ、こんな狂いそうでも『でも好きだよ』、ああ、でも好きなのか、よかったってなって、ちょっと落ち着いた記憶があるんです」
――すごい。天才ですね。
「天才です、マジで」
――すごいね。すげえ。ちょっと話戻るんですけど、やらかしたときに毛布になるじゃないですか。僕もやらかしたときにふわってなっちゃう瞬間が。
「ありますよね」
――やっぱりありますよね。そういうときってどうなるんですか。
「パニックになる」
――ですよね。だから、こういう表現ができる人は絶対そういう経験もあるんだろうなと思って。
「ありますね。『うわあー』ってなります」
――毛布になる感覚もわかるんですけど、僕、凡人コンプレックスもあるんですよ。僕は普通の人だからアーティストにはなれないって思っていて、もも吉さんみたいなひとがアーティストになるんだろうなっていうコンプレックスがあるんですよ。でも、もも吉さん的には自分のそういうところがあんまり好きじゃないんですよね。
「そうですね」
――でも、そういうところがあるからこそこういう漫画が描ける、みたいなことは思わないですか。
「そういうところがあるから描けたんだろうなとは思うんですけど。もちろん、なにか自分に欲しいよ、特技とか武器欲しいよって思う気持ちはわかるんですけど。絵を描くひとでも2パターンあるっていったら適当だけど、自分がいいと思う絵、自分がいいと思う巧さにならなきゃ意味がない、価値がないっていうひともいるし、もちろん自分がそれと対比して、自分がなりたいものになりたいのはもちろんのことだけど、でもひとからも認められる範囲の個性でありたいみたいな。ひとと分かち合えなくてもいいとは思わない。ひとと分かち合えていたい、そういう良さでありたいみたいなひとがいると思うんですよ。自分の個性とか自分でわかる名札のようなものはありつつも、でもひととそれを分かち合えていたいな、ひとから評価されたいな、ひとに価値を思って買ってほしいな、お金にしたいなとか思うひともいると思うけど、自分は分かち合えていたいし、弱いから自分が。弱いからそういうところにすがってしまうんですよ。最高の表現ができたと思っても、ひとに伝わらなかったら悲しいから、ひとに伝わっていたいから。だから、ただ個性があったって、ひとと関わることの妨げになるだけだと思うから、役にも立たんなって思うんですね。ひとから認められる個性だけがいいのであって、別にただ個性があったってノイズになるだけかなって。もちろん、それを自分でいいと思えたらいいんですけど、コントロールできなかったら、自分に、なんだろう、別に個性がないかもしれないけど、あるみたいなことを言われ続けて、でもそれをコントロールできなくてワリをくった人生だったんで。特に最初の連載が終わって単行本が出て、そこからの8年間はそれをずっと感じながら生きてきたんで」
――なるほど。最終話を描かれた後に、この作品は選ばれなかった、愛されなかったっていうことを書かれていて、どんな反響があったら愛されたとか選ばれたって思えたんでしょう。
「やっぱ重版とか連載継続じゃないですか」
――それは量なんですかね。
「量だと思います、単純に。続けられなきゃ価値がないのかなって思って。でもいまはその考えも変わりました、終わってからの反響があって、それでだんだん変わりました」
――そうですね、いろんなひとがこの作品を好きな作品として出してますもんね。
「なんでこんなに売り上げ足りないのに、なんでこんなに読まれてるんだ、誰が読んでんだよみたいな。バズってもないんだけど、どこから知ったのさダ・ヴィンチ・恐山だし、そうやって終わってから、読者のひとからも編集さんからも、『偽物協会』を読んで好きになったから依頼したいみたいなのが来るようになって。『偽物協会』をやる前は絶対なかったことなんで、ほんとにそれが感謝と感動しかなくて、ほんとに『こんなに読んで、そんなに好きになってもらえたんだ』と思って、それから届かなかったとか価値がなかったとかいう思いが少しずつ薄まってきてます」
――よかったです。細かい話なんですけど海に行く話(第12話)だけちょっと違うなと思ったんですよ。このときってなにかあったんですか。
「世界が偽物だったっていう話はやりたいよねって編集さんとも、わたしもなって、でも調子悪かったですね、そのとき。体調とかじゃなくてコンディションが。絵が荒れてるとか、コンディション悪いながらも描こう描こうみたいな感じで描いた気がする」
――ドラえもんでいうと、ほかの話ってテレビアニメ回みたいな感じがあって、海の話は劇場版ドラえもんみたいな。IFのストーリー、パラレルワールド感があったんですよね。
「ほんとよくないんですけど、あんま自分が善悪の区別がついてなくて。だから、この世界観だからこれはやっちゃダメみたいなのがないんですよ、ほんとにダメなことなんですけど。やっちゃいました。綿子とか会長とか、あと世迷くんとかの内面に深く踏み込んでる話じゃないから、そんな重要な話じゃないと思って、普通にぽろんって描いてました」
――ひとと作業してるときに会話して描くのが抜け道になったってあったじゃないですか。それ以外にも解決策は見つかりましたか。
「シーシャ屋さんに行くとか、カフェで描くとか、いろんな好きなところに行って描くとか。仕事で予定をなるべく妨げないみたいな。予定が入れられそうだったら仕事しながらそれやろうってすることで、自分のストレスを軽減みたいな感じですね」
――ほんとつい最近ツイートでも話題になってますけど、連載が終わってから1年たった、半年たったみたいな心境のやつが。
「ありましたね」
なんか今日これについて言葉足らずすぎて伝わってたのでちゃんと話すと、
この表で想定してるのは休暇を取る漫画家ではなく連載(打ち切り、休載、連載継続による摩耗など)を経てうつ病や過労などの状態になって休まざるを得なくなった漫画家を想定しています
もちろん元気に休まず仕事できる人もいます https://t.co/1X4bwtalEF— 白井もも吉 (@s_momokichi) December 15, 2023
――あれって、もも吉さん自身のことを書いてるんですか。
「わたしも含めて、名前出したらあれかなと思うんですけど、休載したひとがいたり、連載が終わったひとを見てて。超円満で連載終わって、もう次への野心バリバリみたいなのに限らず、連載ですごい疲労を負ったひとや、自分の友人で連載して長期休載して復活したっていうひとがふたりいるんですよ。そういうのを見てるよなと思って、漫画家でもうつ病とか過労とか負ったひとがどのくらい休んだらどうなるのかみたいな。『先生ゆっくり休んで、好きなときに描いてください』読者がその言葉を放った先ってどうなるかわかんなくて、時々思い出してつらい気持ちになるから、こんな感じだよ、こんな感じかもね、みたいなのを言いたくて。週刊連載してて長期休載して復活するって言ってる友達とか後輩がいて、それを見て『ああ』って思ったから、その期間を考えて、このぐらい休んだのかみたいな。週刊だからこのぐらい準備してるのかなみたいな。それも調子悪くてなかなかハイペースじゃ進まないからゆっくり準備して、ってことは完全に休めたのはこのぐらいかって。それってどうなのかな、これからやっていけるといいけどな、とかあったりして。だからそのひとの読者に届かないと思うんですけど、1年半で復活っていうのは、1年半も待ったから大丈夫みたいなことではないよ、っていうのも伝えたくて。だからといって、もう2年戻ってこない、一生戻ってこないのかなってわけでもなくて、『休めているよ』みたいなのも伝えたいし、『なんとかかんとか先生休載です』『ああ、どうなるんだ』みたいになってるひとにも、こんな感じなんだよって伝えたくて、伝えました。わからないことだから」
――もも吉さんの次の目標とかってありますか。
「ポジティブな目標……。普通になにも考えずにだったら、重版かかったらうれしいけど、でもめっちゃ真剣に考えたら、重版が1回かかったところでそんなに人生変わらないからな。重版とかかかりたいし連載続きたいけど、難しいんですよね。子どもとか産んだほうがいいんだろうなとか、結婚とかしたほうがいいんだろうなって思うけど、それを完全に『いや、しねえし』とも思えないし、するために全力で動かなきゃともなれなくて。人生どうしたらいいのかよくわかんないし、とりあえず仕事したら金が入って生存できるから仕事しようって感じで。幸せに毎日のほほんと暮らせることがベストですね。だけど目標ムズくて。連載とかも、連載のときめっちゃコンディションが悪くなって、楽しいことなにもないし、クオリティーも下がるのが申し訳なさすぎたけど。目標。でも連載をやらないと漫画家として変わっていかないのかなって。変化は起こらないのかなって。大きくもならないのかなって思うから連載したいし、自分の居場所を与えてくれたサンデーうぇぶりにめちゃめちゃ感謝してるから、サンデーうぇぶりで連載したいです。元気になりたいし、頭よくはなれないけど、ひとのこととか社会のこととかもっと知って考えたり、勉強したりして、本気でまた読者の人生に介入したいなって思います。今もやってますけど、一回一回そのつもりだけど」
――今はお休み期間みたいな感じで。
「なにも考えずに目の前の仕事をしてます、ずっと目の前のことを真剣にやってるし、一回一回、個人に介入チャンネルやってます」
――なるほど。かまぼこの漫画で……。
「はいはい、『旅路』」
――主人公が賞を獲ったけど、それがちょっと窮屈になったみたいなシーンがあったんです。あれってもも吉さんの経験ですか。
「も、あります。でも、あれは性格的にはわたしと似てなくて。あの女の子がモデルがいて、あのちゃんをイメージして描いたんです。あのちゃんのパーソナリティーとかを考えたときに、あのちゃん自身が語ってることとかインタビューとか、そういうのを読んだりライブで言ってることをいろいろ考えて、どういうひとなんだろうっていう疑問は完璧にはなくならなかったけど、だからこそ知りたいと思って、そういう気持ちもありながら描いたのがあの作品です」
小説家の女の子が喋るかまぼこと出会う話#漫画が読めるハッシュタグ pic.twitter.com/NJvMY5JS33
— 白井もも吉 (@s_momokichi) January 3, 2023
――モノローグがすごい詩的だなと思うんですよ。自分では詩的だなというふうに思ったりしますか。
「めっちゃ言われるんで、たぶん詩的なんだろうなって思います。自分は理論的さが少なくて、かといってうわべだけ撫でたような言葉も駄目だから、ちゃんと自分の頭の中を極力言葉で言い表し切ろうと思ったらそうなる、みたいな感じです」
――ほんと詩人みたいな表現なんですよね。
「本当に自分は頭よくなくて、理論的に面白いとされている物語もつくれないから、自分の頭の中を極力、完璧は無理でも完璧に近くなるまで表現しきるというか、言葉にできないことを言葉にするしかないと思って、そうなりました」
――読めば読むほどめちゃくちゃ考え抜かれた跡があって、すごい作品だなって思いました。
「ありがとうございます。それぐらいしかできることがなくてやってます」
――言い忘れてたけどこういう思いを込めてたんだよ、みたいなのってありますか?
「なんだろうな。語り忘れたとかじゃないし、別に言うつもりもないかもしれないけど、自分はあんま優しくないですよ、ってことかな。優しいのかもしれないけど、優しくないというか、自分は優しいとしても狂った優しさですよ、みたいなことを思うときがあるので。別に言わなくてもいいんでしょうけど。俺は優しいんじゃなくて狂ってるんだぞって思うときがあるかな」
――バッチリです。長い時間ありがとうございます。
「お腹がぺこりんちゃん、お腹がぺこりんちゃんや」
information
サンデーうぇぶり 偽物協会 第1話
https://www.sunday-webry.com/episode/3269754496551508154
推しを愛する私たち~推し×ファン~アンソロジーコミック
https://comic-growl.com/episode/2550689798575696875