SNSを中心に4ページのショート漫画で話題を呼び、これまでに3冊の単行本を出している猫オルガン。イラストレーターが集うイベントで私は彼に何度か会っているが、原画を1枚数百円といったとんでもない売り方をしており、なんでそんな大事なものをそんな値段で売るんだ、常々思っていた。その異常なまでのサービス精神の原泉を訊いてみたかった。そして、猫オルガンの最新刊『夜行遊星』のあとがきに書かれていた「また漫画描きだしたのえらくないですか?」という一文が妙に気になった。
毎日のようにSNSで新作をアップしている猫オルガンが、漫画を辞めようとしていたのだろうか。
これらの想いをそのままぶつけてみた。
すると、思いもよらなかった答えが帰ってきた。
原画を破格で売る理由は彼の原体験にあった。
さらに、彼を漫画家の道に導いた大学受験前日の体験など盛りだくさんのインタビュー、ぜひご覧ください。
文・インタビュー/高橋数菜
――2015年に猫オルガンさんがツイッターを開設されて、開設当初から絵を投稿されていると思うんですけど、その時点ですでに絵が完成されていて、いつから絵の活動をされてたんだろうって思ったんですよね。猫オルガン以前というか。
「絵は昔から変わってなくて、最近、ツイッターを開設する以前に描いていた絵を見直す機会があったんですが、絵のデフォルメとかは昔からあんまり変わってないです」
――じゃあ子供の頃から描き続けてきたタッチが、今日に至るまで続いてるって感じですか。
「いや、絵を描き始めたのが僕、けっこう遅くて。大学途中ぐらいからなんです。もともと作家志望というか、小説家も映画監督も漫画家も全部含めて作家志望みたいな感じで。大学1年生になるまで、物語を作る仕事に就きたいとは思っていたんですけど、どれにするかまでは考えてなかったです。脚本家なのか、小説家なのか、漫画家なのか。で、漫画家を目指そうって思ったのが、漫画の『ベルセルク』を大学受験前日に読んで。僕、三重県出身なんですが、三重県って本屋さんがぜんぜんなくて。当時、『ベルセルク』がすごい話題になってたんですよね。話題になってたんだけど、『ベルセルク』を手に入れることはできない状態だったんです。大学入試前日にネットカフェに泊まって、この瞬間をずっと待ってたんです(笑)。で、『ベルセルク』を1巻から読み始めて。翌日の朝にはもう呆然としてて。呆然とした状態で入試をしました。その『ベルセルク』の影響が本当に強くて。僕自身、まだなにを描きたいかははっきりしていなかったんですけど、小説や映画にできて、漫画にできないことはないんだなって。すごいインパクトがあったんですよ。漫画って小説に比べたら心理描写が難しい印象があったんですが『ベルセルク』は心理描写が素晴らしくて。ということはすべての表現は漫画でもできるんだって、すごい印象に残ったんです。そこから描き始めた感じです」
――大学生で初めて描き始めたのに、最初からある程度描けたんですか?
「ストーリーはある程度描けました。もちろんいまと比べたらぜんぜん下手なんですけど、話作りはそんなに苦労はしなかったです」
――なんで描けたんですかね。
「たぶんですけど、まだ誰の影響も受けていない状態だと、憧れの人をまんまコピーしようとする傾向があるのかな。音楽だったら好きなミュージシャンのカバーから始めたりするじゃないですか。だからスムーズに描けたんだと思います。漫画を知れば知るほど描きづらくなりました」
――本当ですか。
「まったく知らないときほど、ひとりの作家さんやひとりのアーティストさんに影響を受けるので逆に描きやすかったですね」
――最初の頃に影響を受けた作家さんって、『ベルセルク』以外ではなんでしょうか。
「『魔法陣グルグル』とか、『ぷよぷよ』ですね」
――ああ、古いほうの『ぷよぷよ』ですか。
「古いほうも新しいほうもです。女の子のキャラもクリーチャーのキャラも、どっちも影響受けてます」
――先生の女の子の絵って黄金比があるじゃないですか。それってどこから来てるんだろうって思ってたんですけど、なるほど。
「そうですね。『ぷよぷよ』とかですね。古本屋に行くと、そんなにゲームやらないのに、ゲームの攻略本をめっちゃ集めてました。漫画の影響もあったんですけど、ゲームの攻略本からも絵の感じは作られていったと思います」
――ツイッターに『魔法陣グルグル』の影響は書いてあったんですけど、『ぷよぷよ』は初めて知りました。
「『ぷよぷよ』はキャラクターのデザインもですし、キャラの描き分けとか。ゲームの設定資料集はたくさん読みました」
――先生と初めて会ったのが2022年のマルイクリエイターズマーケットで。いちばん衝撃だったのが、原画を100円とかで売っていて。悪い大人に騙されないといいなっていうのをすごく思って。めっちゃピュアだなって思ったんですよ。
「ありがとうございます(笑)」
――この人は守らないとダメだ、みたいなことを思って。だって普通の値付けじゃないですよ。
「実はあれにはテーマがあって、絵が埋め尽くされている状態や、箱の中に詰め込まれてる状態、あれが作品なんです。レコード屋とか古本屋の廉価コーナーからなにかを掘り出すっていう行為が僕はものすごく好きで。僕の原体験みたいなもんで」
――なるほど。
「いちばんの趣味がそれなんです。あれを体験してほしくて。絵が高いとその味が消えちゃうので。すごい安い値段のものがいっぱいある、そこに人が詰めかけていっぱいになっていくっていう感じが作品なんです。だから値付けは大丈夫です。あの1枚1枚が作品っていうよりは、あの状態が作品なんです。そういうコンセプトアートに近いです」
――ああ、すごく腑に落ちました。ただ、その時アイディアノートとかも売ってた気がしてて。そんな重要そうなもの売っていいの、って思ったんですよね。
「僕が持ってると捨てちゃうので……。未熟なんで、下書きやラフで紙をいっぱい使っちゃうんです。ラフや下書きが部屋を圧迫しちゃって。捨てるんだったらあげちゃおうっていう感じで。何度も何度も描かなきゃいけないって基本マイナスなんですけど、自分の弱点って反転させてプラスにもできるなって。たくさん描くってことはたくさんラフとかアイデアスケッチが出るわけです。時間はかかる反面、それが商品とかプレゼントとか売り物とかになったら、その瞬間その弱点はプラスになるので、戦略的に利用してるところはありますね。一発で書けないゆえに」
――でも捨てちゃうんですね。
「捨てちゃいます。僕に限らず割と捨てちゃうと思います」
――マジですか。
「アナログ作家あるあるだと思ってて。1枚アナログ絵を完成させるのに、3、4枚のラフは出ると思うんですよね。その3、4枚ってほとんどの作家さんは捨てちゃうんじゃないかな……。捨てなくても、段ボールの中に放り込んで、押し入れの中に詰め込まれて、もうそれで終わりみたいな。僕自身その状態になったんですよ、マルイクリエイターズマーケットに持っていったのって、捨てるとは言わなくても、僕が持ってたら死蔵状態というか。それだったら欲しい人がいるなら投げ売りしちゃってもいいかなと思って。ほんとうに大事な絵は手元に残してます」
――漫画の原稿はずっと持ち続けてるとは思うんですけど、ずっと持ち続けてるお気に入りの絵もあるんですか。
「あります。家にB4の段ボール箱が3つあるんです。マンガとかイラストの完成品の箱、ラフだとか失敗したやつとかは全部プレゼント用の箱、稀に100枚に1枚ぐらい、売るのもったいないなみたいなのができて、それはその専用の箱に入れてます」
――理想の線が描けたみたいな。
「そうですね、自分でもどうやってできたのかわかんないような絵が極稀に。だからイラストレーターで再現性があるひとは本当にすごいと思って。僕、再現性があんまりないので、たまたまうまくいったみたいな感じで」
――なるほど。そういう絵って具体的にはどんな絵なんでしょう?
「ツイッターをだいぶ巻き戻っていただけたら…………これですね」
――これ好きです、僕。
「これすごい好きです。でもたまたまですね。たまたますごく良くできたと思って。こういうのが月に1枚ぐらいだけできて、あと大体は売る用の箱とプレゼント用の箱に入っちゃいます。もしかしたらイラストレーターとして、本当の作品と言えるのはこういうのだけなのかもしれないんですけど、段ボールに絵がいっぱい入っている状態も作品だと思っていただければいいな、と」
――絵を安く売るのは自分の作品に執着がないのかなって思ってたんですけれども、こういう思想というか。
「僕がもしすごくプライドが高くて、自分が納得した作品しか世に出さないっていうタイプだったら、1ヶ月に1枚しか描いてないのかもしれません。でも、この形じゃないとうまく描けないんですよね。100枚ぐらい描き散らしたなかで、たまたま1枚いいものができるって形でしか完成していないので。それ以外の99枚はボツなのかっていったらボツではなくて、それはそれで売ったりとかするので」
――でも、あのダンボールをいっぱいにできるくらいラフを描くわけですよね。筆めっちゃ速いですよね。
「描くのは好きですね。もともと漫画家になろうと思ってなかったのに、いつの間にか絵にすごく興味を持つようになって。元々は仮に漫画家という仕事がこの世界になかったとしたら、たぶん小説家を目指していたタイプなんです。それが物語を作るために絵を勉強したり、描いていくうちに絵が好きになっていった。面白いです、絵を描くのって」
――途中で絵を描くのが嫌になった時期とかもなく?
「ありましたし、あとから見直してダメな時期ってだいたい線がダメで。見直すとあんまり好きじゃない作品とかもあって。作家志望から入っている漫画家なんで、このネームどうしたらいいんだろうか、ばっかり考えちゃうんですよね。ネームのどこかにミスがあったんじゃないかなって考えちゃうんですけど。ネームが原因じゃなくて、単にその時期の線が良くないってことが多かったりしました」
――本のあとがきに「漫画また描き始めたのえらくないですか」って書いてあって、一時期描けなかったのかなって思ったんですよ。
「あれは単に『猫と星屑』のあとがきで『おもしろいマンガを描きます!』って宣言したので、それへのアンサーです。自分の漫画があんまり気に入らなくなっちゃってた時期があったんですけど。ネームじゃなくて線が原因でした。いまだにデジタルの線は模索してます。アナログ原稿にも戻してもいいかなと思う時はあるんですけど……」
――確かに最近の絵はデジタルかなって感じが。
「そうですね。難しいところで、僕自身も周りもアナログの線のほうが好きだってひとが多いので。でも負けず嫌いでもあるので、デジタルで成果が出せるまでは、と思ってますね」
――リアルサウンドのインタビューで読んで初めて知ったんですけど、『猫と星屑』は全部アナログだったんですね。
「そうです。全部アナログです」
――pixivにあげてるのって、ちょっと紙感があるじゃないですか。でも単行本は紙感がないからデジタルで描き直したのかなと思ったんですよ。
「いえ、全部アナログでスクリーントーンも貼ってます。B4のただのコピー用紙と筆サインペンで描いてて」
――表紙のイラストもアナログですか。
「パッと見ではわからないと思うんですけど、『猫と星屑』はオールアナログ、『夜行遊星』はオールデジタルです」
――マジですか。
「『猫と星屑』の黄色はデジタル処理ですけど、それ以外の線とかベタとかはオールアナログで、『夜行遊星』はオールデジタルです」
――『夜行遊星』はカラーも?
「カラーもオールデジタルです。色も僕が全部入れてます」
――いいですね。
「めっちゃ苦労したんですよ! 青が出なくて。ツイッターを遡ると苦労のツイートがあるんですけど」
――ああ、 RGBとCMYK。
「そう、RGBとCMYKの話になって、『青が出ないんでなんとかしてください』ってツイートしたらいっぱいリプライがきて。いいインターネットだなって思って(笑)。でも、そこまでやっても、手作業でやるしかないっていう結論になって、手作業で頑張って、理想の青を何度も出しました。印刷されたものが理想的な青だったので嬉しかったんですよ。ちょっと明るすぎるかなって思ってたんですけど、本の形になってようやく完全に思った通りになったんで、嬉しかったです」
――いろんなひとが青は言いますね、くすんじゃったりとか。
「だから、くすむことを計算に入れて、何段階か明るくして見本を見たらやっぱ明るすぎたかなって思ったんですけど、印刷されたら理想の青ができたので、本当に楽しかったですね。こういうのが編集さんとか楽しいところなんじゃないかなと勝手に思ってます」
――色校見て、「これじゃないんだよ」みたいな。
「そうですよね。いろんな編集さんと話してて思うのが、自分は本を作る内側に入ったことがないので、本を作るのは楽しいんだろうなって思いながら見てます」
――ZINEとかも作ってないんでしたっけ。
「そうですね。同人誌とかもなくて。自分は極端にめんどくさがりなんで、グッズを作ったりとか、そういうのは苦手なんです。でもこの弱点は利点にしようと思って。原画を投げ売ったりするのもそうなんですけど、むしろ原画しか売ることができないからあの形になったんです」
――先生は性善説の人だなって思ってるんです。
「このマンガを描いてる人が性悪説だったらすごい怖いですよね(笑)。」
――でも昔は悪人が出る漫画を描いていましたよね。『勇者リューグナーの冒険』とか。
「どこかのタイミングで、ミステリーでもサスペンスでも、ネタそのものは後味が悪いものだったとしても、そのネタをいかにハッピーエンドに持っていくかっていうことがいちばん楽しくなったんです。ドラえもんの考え方で、藤子・F・不二雄先生の短編集って、ドラえもんと違ってハッピーエンドとはいえないものも多いんです。でも、同じネタをドラえもんでやると落語的な人情もので終わるじゃないですか。そのほうが楽しいなと思って。『これよりさき怪物領域』だけはバッドエンドというか、ちょっと苦しい切なめな話ではありますけど、それはこのオチしかなかったからです。ハートウォーミングな方向に持っていくとテーマがブレると思って。でも、もともとは暗くて重い話でも、ハートウォーミングな方向に変えていくのが楽しくなってますね」
――『これよりさき怪物領域』のロボットの制作者は善人じゃないですか。でも過去の単行本だと、主人公が悪人の作品も入っていて。だから『夜行遊星』に収録する作品を選ぶときにどういったコンセプトで選んだのかな、と。
「『猫と星屑』は感動をコンセプトに持ってきてたんですけど、『夜行遊星』は感動だけじゃなく、いろんなベクトルのものを選んだ感じですね。悪い人間を描くの向いてないんです。悪に対する興味はあって、読み手としてはむしろすごく好きなジャンルなんですよ。いい人間ぶるわけじゃないですけど、自分のなかにあまりそういうところがないからこその憧れだと思っていて。大学時代によく読んでいたのが、ジェイムズ・エルロイと、トマス・H・クックで。どちらも人間って本当に度し難い、というものを書く作家さんで。それが非常に気持ちよかったんですよね。すごく好きで憧れがあって、自分でもやろうとしたんですけど、無理でした……」
――pixivで最初に投稿されたマンガが『勇者リューグナー』というグロいお話だったんですよ。だから根がダークなものを産み出したい人だったらどうしようと思っていて。
「ダークなものを産み出したい憧れはありますね。ただ、憧れだけです。バッドテイストで描かれている作品が世の中にはたくさんありますけど、『でも、この作者さんいい人だもんな』って思ってしまうところがあって。作り物感を覚えてしまって。僕も絶対にそう読まれてしまうので。だから憧れはありますけど、たぶん無理な気がします」
――先生の作品って子どもと爺やだったり、無邪気な子どもとそれを見守る年長者みたいな関係性が多いと思うんですけど、自分の原体験としてそういうものがあるんでしょうか。
「それはテーマのひとつです。『猫と星屑』の中の『幼年期の終わり』とかそうなんですけど、自分の作品に限らず感動するポイントがあって。本人が気づかないところで、誰かがなにかをやってくれている、っていうのがすごく好きなんです。人が人を想っているのって、泣けるのと同時に一種の滑稽味があると思っていて。泣き笑いに近い感情が好きなんですけど、誰かのために誰にも気づかれないところで誰かがなにかを必死にやっている。泣けると同時に、なんだか笑えることだと思っていて。それが読み手としてもいちばん好きな形なんです。人生もそんなことばかりですし、後から気づくんですよ。誰かが僕のために色々やってくれてたんだなってこと。『幼年期の終わり』のおばあちゃんみたいに、気づいたときにはもう亡くなっていたり、どうにもならないっていうことが多くて。その方にはもう返すことができないので、それはひとつのテーマなんでしょうね」
――猫オルガンさんの著書はすべて読んでますけど、最新刊もすごく良くて。新刊だと『有心論』と『木曜日のオレンジケーキ』がすっごく好きなんです。オレンジケーキって終わりがすごいあっさりして清涼感あるなと。
「嬉しいです。オチはもうこれしかない!って感じですよね(笑)」
――すごい数の短編というか、アイディアをこれまで作ってきたじゃないですか。このアイディアを4ページに収めるのはもったいないな、とか思わないんですか?
「むしろアイディアだけならたくさんありすぎるんです。4ページを中心に描くようになったのは、こうしないと間に合わないんです。SNSでいま発表している作品だけで800作ぐらいだと思うんですけど、ストックが2000作近くあるんですよ。いまでも2日に一遍くらい新作アイディアは思いつくんです。だからアイディアに手が追いつけないので、そうなると16ページでは描けないんです。4ページにしておかないと全然終わらないんです」
――天才じゃないですか。
「そんなことはないですが……。なんかネタは勝手に自然発生しがちです。アイディアの種みたいなものは無数にあって。それをどういう形で出すかを考えている感じです。なにかニュースを見たり、本を読んだり、テレビを見たり。ふいに『あ、この角度だ』ってわかるんですよ。その角度がわかった瞬間に完成しちゃうので、その角度みたいなものが降ってくるというか。アイディアそのものは無数にふわふわ浮いている状態でいっぱいあるんですけど、それを歩いてる時とかに、『あ、そうか。このシーンから始めればいいんだ』とか、『そうか、江戸時代にすればいいんだ』とか。例え話ですけど、タランティーノの『パルプ・フィクション』って、出来事を時系列通りに並べたらなんてことない話だと思うんですよ。ですけど、ここをこうして、ここを増やしたら大傑作になるんじゃないみたいな、そういうものが急角度で降ってくる時があって。そこで組み合わさっていくんですよね。どこでアイディアが噛み合うかは自分でもよくわからないです」
――漫画を描くだけで人生が埋まらないですか?
「そんなことないです。でもネームはずっと考えてますね。趣味で料理をしたり、運動をしたり、ラジオを聞いたりするひとがいると思うんですけど、それに近い感じで、ネームが趣味なんですよね。4ページで描くっていう、この式を見つけてから楽しくなったことは間違いなくあって。それ以前はマンガを投稿したり、賞を獲ったりしても、その後が続かなかったんですよね。賞を獲っても2作目ができなかったんですよ。4ページとかの短編を描くようになって初めて『こうやったら簡単なんだ』と思って。アイディアの出し方がわかってからは楽しいですね。マンガも楽しくはあったんですけど、うまくはできなかったんです。作ること自体は楽しいですけど、思った通りにならないっていう時期がありました。いまの話と繋がってきますけど、最初ノワール(人間の悪意や差別、暴力などを描くジャンル)に憧れていた部分はあったんですけど、自分に向いてないことをやっていたんだと思いますね。僕は憧れで描こうとするとうまくいかないのかも……。だから向いていることしかやらないようにしようと思いました」
――話が変わりますけど、いちばん最初の単行本の『箱庭組曲』って連載が90回ぐらいあるじゃないですか。単行本に掲載されているのがだいたい30話なんですね。これをまた別の形で本にしようとは思わないですか。
「コレはなんとかサルベージしたい、みたいなものはありますね。正直、もちろん単行本として出してほしいんですけど、つねにネットで新作を発表し続けてるんで、まあいいかってところもあって。ずっと描き続けていると、あんまり思わなくなりますね。向いてないことはやってはいけないのかもしれませんけど、長編で100枚、200枚のものを描いたらどうなるのかみたいなことに興味が向いていますね。Blueskyでは長編を描いているんですけど、それが200枚、300枚になったら同人誌にしようと思っています」
――『箱庭組曲』もですけど、『猫と星屑』も『夜行遊星』も2019年から2022年くらいに描かれたものから選ばれているんですね。
「あえてアナログ作品からだけにしました」
――なるほど。
「『猫と星屑』では、アナログの時期からピックアップしようっていうのがまず決まったんです。発売日って前もって決まるじゃないですか。で、編集さんも『じゃあここまでに原稿全部集まったらいいな』って話をしてて。編集さんは僕の手元に出来上がった原稿が全部あると思ってたんですよね。でもpixivにあげているのって、紙に筆ペンで描いたものを取り込んでデジタルでベタとトーンを入れてて。つまりアナログとは言っても主線だけの原稿なんです。で、それしかないですって話をして。それを一ヶ月でベタとトーンいけますかねって。じゃあベタとトーンを一ヶ月でやるしかない。全部アナログで。もうトーンってなかなか売ってないんです。名古屋まで行ってトーンを買ってきて、一ヶ月かけて全部やったんですよ。アナログからのピックアップは『夜行遊星』で一区切りだと思っているので、次はデジタルになる可能性が高いです。アナログ作業をもう1回やりたい気もしますけど」
――駒草出版さんから2冊目が出るくらい1冊目が売れてよかったですね。
「表紙をかっこよくできたからよかったなと思います。『猫オルガンをぜんぜん知らない人を表紙で買わせよう』って編集さんと相談しました。なので、一見の方が買ってくれてたら嬉しいです。イラストレーターとしても嬉しいですね」
――先生の作品って貧乏だったり、夢を追いかけてたりっていうのが美徳みたいな作品が多いと思うんですけど、先生自身も貧乏ですごい苦労してたりとか、授業中もずっと空想してたりとか、そういう子供だったんですか。
「はい(笑)。マンガで描かれている主人公たちみたいなのは限りなく自伝で。『夜行遊星』に収録されている『黄金時代』って話があるんですが、これはまったく僕です。神保町とか高田馬場でよく古本屋を漁ってて。ある作家さんのエッセイであったんですけど、彼の青春時代が古本屋漁りばかりしてたって書いてあって、でも楽しかったなっていうようなエッセイだったんですね。僕もまったく同じで。大学時代なんかもちろんで、高校時代も、古本屋街に行って、絶版のものとか探していたような記憶しかないんです。それが悲しいのかと言ったらそんなことはなくて、むしろいまはもっといろんな楽しみができてしまって、それでも自分の黄金時代ってあそこだったんじゃないかなっていう気がします。人から見たらぜんぜんイケてないのに、あそここそ自分の青春なんじゃないかなってすごい思うんです。いまだったらアマゾンとかで買えちゃうんですけど、いろんな古本屋を巡りながら、早川書房の異色作家短篇集とか集めてたんですけど。あれより楽しいことなんてないでしょ(笑)。大学を卒業したあとも映画館に行くことも定価で本を買うこともできないぐらいお金がなかったんですけど、じゃあ不幸だったかっていうと別にそうでもなくて。100円で本を買って、100円で買ったCDを聴いてたときがいちばん楽しかったんじゃないかなって思いますね」
――僕、小学校から大学入学するまでが岐阜だったんですよ。岐阜のレンタル屋は本当に品揃えが悪い。
「すっごいわかります。本にしろ映画にしろ思うように手に入らないんですよ。でもそれがなかったら、受験の前日に僕が漫画喫茶に泊まって、『ベルセルク』を読んでも人生が変わらなかったと思いますよ。だからそれはそれで不自由な環境もよかったんじゃないかと思います。『ベルセルク』に対するイメージだけが溜まってて、すごい漫画があるっていう情報だけがめちゃくちゃ来てて。実際に読んでみたら想像以上で。人生が急角度に曲げられちゃったんですけど、いまの方がそういう出会いは少なそうですよね。昔だからこそ、それがあったのかもしれない」
――ちなみに受験は成功したんですか。
「しました」
――よかった。
「だからいまでも、いろんな楽しいことがあったりとか、嬉しいことはあるんですけど、あれこそが自分の青春だと思っちゃいます。作家さん仲間はみんな心当たりがあるのか『ああ!!』って共感してくれるひとも多い……」
――本当にめちゃくちゃわかります
「そうですよね。レンタル屋とかで100円のCDを集めながらで自分で編集したりとか、あれこそがって。いまだったらYouTubeやSpotifyでどんな曲も聴けるんですけど、だからといってあの頃の僕たちが恵まれてなかったという気がしないっていうようなことを考えてますね」
――先生って自転車に乗られます? いま、イヤホンを付けながら自転車に乗れないじゃないですか。僕は高校に自転車で通ってたんで、いま僕が高校生に戻って自転車通学したとして、音楽が聴けないなら絶望の時間だろうなって思いますね。
「僕は電車だったんですけど、ウォークマンを聴いてて。遠くの学校だったんで、往復2時間。でもアルバムを1枚聴くって感じなんで楽しかったですね。この日に聴く1枚を決めて学校に行ってました。いまの時代から考えたら1枚アルバムを聴くってすごい贅沢な気もします。自分の作品にはいくつかテーマあるんですけど、ひとつが『気がつかないうちに誰かが誰かのためになにかをやってくれている』っていう人情的なテーマなんですけど、同時にSF的な発想として、作家仲間のoratnirさんから借りてる言葉なんですけど、『人間はこれ以上、最適化をしない方がいい』っていうのがテーマですね。最適化するごとに不幸になってるんじゃないかっていうのは彼がツイートしてたんですけど、それはすごい自分も思って」
――もうインタビューとしては大学に受かったっていうところでバッチリです。本当、『ベルセルク』がうまく帰結しちゃった。
「そうですね。ちょうど蝕のちょっと後ぐらいの時だったんじゃないですかね。大学入学してからもずっと『ベルセルク』の衝撃で、その後も追っていって。好きな漫画はいっぱいあるんですけど、僕の作品のイメージからは結びつかないでしょうけど、それがないと漫画家を目指してないのが『ベルセルク』なんですよね」
――本当、ダークサイドの人じゃなくて良かったです。
「もちろん藤子・F・不二雄先生は通ってきて、完全に藤子チルドレンなんですよ。あと手塚治虫先生。ドラえもんと火の鳥が二大好きなマンガです。だから完全にファンから作家になったタイプです。すごくおこがましいですけど、その人たちがいる世界のすごい端っこに居させてほしい! っていう心理で作家を目指したんだと思います。過去の自分に復讐したいとか、人を見返したいとか、そういう人たちはすごいかっこいいと思うし、好きなんですけど、自分はそういうのはあまりなくて。映画とか音楽といったもののファンで。そういうものの片隅に自分も入れてほしい! っていうのがモチベーションとしてとても強いです」
――いちばん好きなマンガってなんですか?
「好きというか、人生に与えた影響だとやはり『ベルセルク』です。それまであまりマンガを読んでこなかったです」
――マジですか。
「小説家とか映画監督になりたいというのはあったんですけど、漫画はそんなに知らなくて。ジャンプで人気の漫画とか、そういうのは読んでたんですが。そのあたりで岡崎京子先生とか松本大洋先生あたりを知って、『漫画って自分が思ってるよりもっとすごい広いものなんじゃないだろうか』っていうときにトドメを刺されたのが『ベルセルク』でした。『ベルセルク』を読んで以降はマンガを読みまくりましたね。なんだってこんなことができるのかってびっくりして」
――なるほど、ちょっと音楽の話もしたかったんですけど。
「ぜひぜひ」
――いちばん好きなアーティストは誰ですか?
「山ほどありますけど、よく変わってしまいます。いま、小沢健二や中島みゆきを聴いていますが、似たテーマ性を感じます。『天使たちのシーン』の日常性と宇宙的神秘を結びつけるやり方や『瞬きもせず』の人間に対する優しい観察眼とか、共感できるものを感じます。あと浜田省吾や尾崎豊の、邦題と英語のタイトルがあるのも好きで、自分の作品でマネしてます。B’zもすごく好きで、イラストレーター仲間のくりたゆきさんと好きなB’zの歌詞ベスト10とか言い合ったりします。あと徳永英明や岡村靖幸についても語りたいのですが、話すとキリがなくなるのでこのへんで……(笑)」
――洋楽はどうでしょう。
「タイトルにも使っているくらいデヴィッド・ボウイはすごくファンで。どの時期も好きなんですけど、デヴィッド・ボウイって世間的な認知では、80年代後半からダメになっちゃって。 90年代は泣かず飛ばずになってしまってっていう印象があると思います。2000年代の『Heathen』と『Reality』で人気がちょっと戻ってきて、『The Next Day』で大復活するっていう流れがあるんですけど。90年代の半ばも僕は好きなんですけど、聴いてる限りで思うのが、常に時代の一歩前を走っていたデヴィッド・ボウイが、もう時代に追いつかれているというか、追い抜かれちゃってるんですよね。2000年代になって、デヴィッド・ボウイがちょっと戻ってきて。『The Next Day』聴いた時に、あの僕らの知ってるデヴィッド・ボウイだ! ってなって。ラストの『Blackstar』で時代の先を走っていて、そうだったよな、デヴィッド・ボウイってこれだよなって思った瞬間に亡くなってしまったんで、あまりにも完璧なエンディング、そして完璧な人生で。僕らが『The Next Day』で完全復活したと思っていたデヴィッド・ボウイってのはまだデヴィッド・ボウイじゃなかったんだっていうのを思い知らされた形でのエンディングだったのがすごいかっこよかったなって。音楽以上に、そこにめちゃめちゃ感動しましたね。そうだったよな! っていう」
――バッチリです。音楽からマンガまで幅広くお答えいただいてありがとうございました。
なお下読みチェック後、猫オルガン氏より
こんな恥ずかしいインタビュータイトルつけられてしまったので、それに見合うように、「また漫画たくさん描かなくちゃ!」と思いました!
と返信がきたことを付け加えておく。
■information
最新巻 夜行遊星

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